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宇三九斎新録
by 宇三九斎
宇三九斎
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日本語再発見:納得できない「右肩上がり」という語

 09/08/08 20:34

経済分野で「右肩上がりの成長が続くと思われていたが」等に使われる「右肩上がり」という語の不思議に,ふと気づいた。
『広辞苑 第6版』によると時間をX軸にとった折れ線グラフが「/」のような形になることから言うらしいが,このグラフの形を「右肩上がり」と称していいのかが疑問なのだ。
なぜなら,向かい合った人に「右肩を上げて」と依頼して,承諾してもらったとする。その上がっている肩は向かって左の方にある。左肩を水平に保ったままとして図式化すると,「\_」のように見えるはずだ(首は省略)。
よって,この「右肩」は,向かい合った人の右肩ではない。
鏡に向かって自分の右肩を上げると,「_/」のように見えるので,ここから来たのだろうか。
それとも,「右方上がり」か「右片上がり」を耳で聴いて仮名漢字変換させたら「右肩上がり」という表記が発生したのだろうか。
私には分からない。

宇三九斎新録 | comments(8)

[001] SNSユーザ1
そのグラフの「向こう側」に統計の実体がみえると考えるとどうでしょうか。
そう考えると写像として対応していなければならないから、統計と向かい合うかたちになります(つまりグラフそのものは実体を示していないと考えるわけです)
簡単にいってしまえば、数字に反応する人がわれわれといっしょに向こう側の実体を見てる(笑

09/08/09 03:59

[002] 宇三九斎
★ええと,文系なので「写像」とか「線対称」とか「面対称」とかは,受験後忘り去りました。
そこで,おっしゃることが理解できている自信が無いので,自分の言葉に言い直してみます。

解釈1:人間の喩えにこだわれば,グラフは「数字に反応する人」の後ろ姿だということになります。
そして日本人は米国の後ろ姿を観て追いつこうと必死に早足で進んできたのに,
前を行く米国自身がころんでしまったので,追いつこうとしていた日本は途方に暮れている。

解釈2:グラフはもともと実体の鏡像(面対称の写像)である。鏡像の人(「数字に反応する人」)の
右肩が上がっていた。鏡像の人=米国は2008年に鏡像が実体でないことに気づき,以下同文。

どちらがおっしゃるご趣旨に近いでしょうか(どちらも話を作りすぎているような気がしますが)。
それとも,どちらも間違っているでしょうか。

09/08/09 11:45

[003] SNSユーザ2
曖昧な喩えですみません。
「向こう側」といったのは海の向こう(アメリカ)ではなく、実体から操作されて導きだされた統計的な数値という意味です(統計的な数値が写像として視覚的にグラフ化されている)。
なので、統計的に左から右に向かって年次経過すればグラフも右肩上がりになるということを言いたかっただけです。その限りで、「数字に反応する人」(右肩あがりの人という表象)は「後ろ向き」でもあるし「鏡像」でもあります。
宇三九斎さんが日記で書かれた疑問に?だったのは、re-presantationにすぎないグラフが実体的な表象としてこちらに向いているという印象を受けたからです。
まあ、いずれにしても言葉遊びのレヴェルを出ないんですけど(^^;

09/08/09 15:42

[004] 宇三九斎
★ありがとうございました。ご趣旨,理解いたしました。
>グラフが実体的な表象としてこちらに向いているという印象を受けたからです。
言い訳になりますが,「肩」という語が無く,「右上がり」とかならば,私も人とか犬とかの肩を使った比喩とは考えません。モノに対しての「右・左」ならば,「向かって右・左」に決まっているのですから。
まあ,風呂の水を沸かすことを「風呂を沸かす」と表現する程度のことだと肩肘はらずに考えることにします。肩の力を抜かせてくださり,ありがとうございました。

09/08/09 16:12

[005] SNSユーザ3
お二人の個性が出てる議論じゃあ~りませんかヽ(^o^)丿
これは、SF読みなら一度は読んだことのある「意味論」とかにも関係してますか?

09/08/09 22:18

[006] 宇三九斎
★たしかに,私の書いた部分は,「その人にとっての右・左」と「観る人から向かって右・左」の区別への執着心(「個性」と言えるのかな?)が出ていると思います。「意味論」が言語学における意味論をさしているのならば,関係します。
ちなみに私が好きなSF作家は,神林長平,森岡浩之,新井素子あたりです。森岡浩之『優しい煉獄』(徳間デュアル文庫)p.147に「排他的一人称複数」(exclusive we)という専門用語が使われているのには驚きました。同じ森岡浩之の『夢の樹が接げたたなら』(ハヤカワJA文庫)も好きです。

09/08/10 12:07

[007] SNSユーザ4
その「意味論」です。
SF者が良く読んでいるのは、ハヤカワ氏の「思考と行動における言語」。私はこの本の題名に意味論という言葉が入ってないので見逃して(笑)、アナトール・ラポポート氏の「一般意味論ー人間の目的と科学ー」というのを読んだのですが。
A・E・ヴァン・ヴォークトというSF作家の『非Aの世界』というのを読んだSFファンは、みんな非アリストテレスとか一般意味論とか言うのは何だべぇ?と思ったのですわ(爆)

09/08/12 17:16

[008] 宇三九斎
★『ナルAの世界』は私も中学生のころ読みました。そこで,

…… と書こうかと思ったのですが,この記事の公開レベルは「ネット公開」です。
「ネット公開」で話すには濃すぎるかな,と思いとどまりました。
コミュニティをお作りいただければ,喜んで参加させていただきます。

09/08/12 21:54

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